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芝原仁一郎 2016試合結果


第4戦 7/8 ネヴァダ州エルコ (PRCA)(記事UP)
第3戦 7/4 ユタ州ウェスト・ジョーダン (記事UP)
第2戦 6/27 アイダホ州メリディアン (PRCA)
第1戦 6/26 ユタ州リーハイ(記事UP)


もう一度

6月22日にユタに戻ってきました。
理由はただ一つ、ブルライディングをするためです。
この決断に至るまでは、それほど時間はかかっていなくて、昨年2015年の4月には決めていました。
昨年一年間は、日本で過ごすと妻に約束していました。それと、もっときちんとトレーニングをしたかったという理由もあって、この時期まで待ちました。
とはいえ、昨年12月にはWrangler National finals Rodeoを観戦するためにネヴァダ州ラス・ヴェガスまで行っていて(ちゃんと妻の許しをえてからです!)、実は一試合出場するつもりでいましたが、エントリーから外れてしまいました。
ですから、今回が引退して以来の復帰です。
6月25日 ユタ州リーハイ (PRCA)
6月26日 アイダホ州メリディアン (PRCA)
この2試合の出場は決まっています。
この後の試合は未定です。今回は3か月ではなく、3週間のみの滞在です。
どれだけ試合に出場できるかわかりませんが、また挑戦してきます!

2016.6.26




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トークイベントのお知らせ

サンクチュアリ出版社にて 9月28日(土)に
「夢をあきらめずに今も追い続けようとする方法
~ロデオに賭けた19年から得たその方法とは~」と題して
19時OPEN、19時30分スタート、 21時終了予定で行います。
定員:30名
参加費:3,000円
詳しくはこちら→


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引退表明

10月末に帰国してから2カ月が過ぎました。
カナダのアルバータ州にあるオールズ・カレッジでのロデオ・スクールで、人生で初めてのブルに乗って以来、20年が過ぎました。
ここで、ブルライディングでの競技人生から退くことを決めました。

最初のブルライディング・スクールでの講師は、ウェイド・ジョイエルとグレン・キーリー(故人)でした。二人ともカナディアン・チャンピオンになり、ナショナル・ファイナルズ・ロデオ(NFR)にも出場した名選手です。私はその頃、まったく英語が話せませんでした。ですから、思うに、彼らは私にブルライディングを教えるのに身振り手振りで、大変苦労したと思います。
私はブルライディングの道具すら持っていませんでした。見かねたグレンから、彼の中古のロープを借りて3日間のスクールを過ごしました。そのスクールの後、私はブルライディングを続けたかったので、このロープを譲ってくれないか、と持ちかけました。すると彼は無償で私にくれました。以降、8年間に渡って、私は彼のロープを使わせてもらいました。
次のブルライディング・スクールでの講師は、ジョハンセン四兄弟でした。全員がカナディアン・チャンピオンに輝いた、名選手ばかりです。中でも末弟のガイが、私の模範でした。
この年が1995年。こうして私は、世界で最も魅力的なスポーツのひとつの虜となりました。ブルに乗り続ける、その最初の要因でした。

翌1996年、テキサス州メスキートにて、ドニー・ゲイのブルライディング・スクールに参加しました。言わずと知れた、PRCAで8回ワールド・チャンピオンに輝いた偉大な選手の一人です。
このスクールで人生初のテレビ取材を受けました。地元のテレビ局だったのですが、その数年後に、遠く離れたワイオミング州のとある町で、年配の女性から声をかけられ、私をテレビで観たと言われました。どうやら、取材はテキサスの地元テレビ局だったようですが、結果として全米で放映されたようです。
ドニーが話してくれたことで今も覚えている言葉があります。「どこの生まれたかなんてのは、関係ない。宗教も人種も関係ない。唯一つ、何かを分けるとしたら、ブルに乗る人か、乗らない人か、それだけだ」
これも、私がブルに乗り続けた要因の一つでした。

2001年の夏。私はカリフォルニア州サクラメントで開催されたアマチュアのロデオ大会で2位入賞を果たしました。ロデオで初めて賞金を獲得しました。
2002年秋、大阪で開催された『大阪スタンピード・ロデオ』で優勝しました。
2003年1月、カリフォルニア州ニポモにあるゲイリー・レフューの牧場で開催されたブート・キャンプに参加しました。間違いなく、彼こそが、最高のブルライディングのコーチです。この14日間で40頭のブルに乗り、15頭のブルで8秒間乗り切りました。
このあと彼が、私の「プロ・ロデオの世界に挑戦したい」という夢を後押ししてくれました。このとき私は32歳でした。それでもブルに乗り続けた要因の一つが、この彼の後押しでした。

同じく2003年。カナダのアルバータ州イニスフェイルで5月に開催された『デインズ・バッキング・ホース・セール』のブルライディング部門で、優勝しました。
それから11年間。私は数多くのブルライダーたちとあちこちのロデオや練習会で顔を合せました。ワールド・チャンピオンたちや、カナディアン・チャンピオンたち。NFRに出場した経歴を持つ選手たちや、CFR(カナディアン・ファイナルズ・ロデオ)に出場した経歴を持つ選手たち、PBRワールド・ファイナルズに出場した経歴を持つ選手たち。そして、今日この瞬間にブルライディングを始めたばかりの選手たちまで。
ブルライダーたちばかりでなく、数多くのカウボーイたちやカウガールたち、そして素晴らしい人たちとロデオを通して知り合うことができました。
そのうちの多くが、私の友人となり、仲間となり、あまりの親交の深さからほとんど家族同然となった人たちもいます。彼ら彼女たち大勢の方々に支えられ、助けられ、時には勇気づけられ、私はこの年齢(43歳)までブルに乗り続けることができました。

この全ての方々に、心から感謝いたします。この場をお借りして、厚くお礼申しあげます。カナダで、日本で、オーストラリアで、そしてアメリカで、私は本当に大勢の方々のお世話になりました。言葉では、その感謝の意は言い尽くせませんが、それでも、本当にどうもありがとうございました、としか申し上げようがありません。
本当に、どうもありがとうございました。

さて、これからですが、これまでに何人かの方々から、私の体験を本にすることを勧められました。果たして、これからもこのような文章を書き続けたほうがよいのでしょうか?

2014年 冬
芝原仁一郎


It is the time to hang up my rope on the wall.

It's been a month since we've come back to Tokyo.
It's been 20 years since I've gotten on my very first bull at the Olds College Rodeo School in Alberta, Canada. 
And now I retire from bullriding.

Wayde Joyal and the late Glen Keeley were instructors of my first bullriding school. Both are Canadian Champions and NFR qualifiers. I couldn't speak English at all at that time. So I believe, Glen and Wayde had very hard time to teach me how to ride bulls. 
I didn't have any bullriding gears. Glen let me use one of his old rope during the school. Actually, I used his rope not only for 3 days' school, but next 8 years. 
Johansen Brothers were my next instructors. Great Canadian Champions. I learned from Guy a lot, he was my role model.
That was the year of 1995. I was hooked by one of the greatest sport on earth. So I kept riding.

I also participated to Donny Gay's Bullriding School in Mesquite, Texas in 1996. Needless to say, he is 8 time PRCA World Champion. During this school, I had the first TV interviews with local NBC, FOX and CNN. A few years later, in somewhere in Wyoming, a lady told me she saw me on TV. So I figured out it was aired in nationwide.
I still remember the one thing Donny told me. "No matter where you come from, no matter what's your religion, or no matter what's your color. What matter is to ride bulls or not." So I kept riding.

The summer of 2001, I took 2nd place at California State Fair in Sacrament, California. This was the first paycheck I won by rodeo. 
In 2002, I won Osaka Stampede in Osaka, Japan.
January, 2003. I participated Gary Leffew Bullriding School at his ranch in Nipomo, California. No doubt in my mind, he is the best bullriding coach. I covered 15 bulls out of 40 in 14 days’ boot camp. Then he pushed my back that I wanted to challenge to become a pro. I was 32 years old, but I kept riding.

88 points with a Kelly Armstrong’s bull, and I won bullriding of Daines Bucking Horse Sale in Innisfail, Alberta in the same year.
Next 11 years, I've ridden with so many bullriders from World Champions, Canadian Champions, NFR qualifiers, CFR qualifiers, PBR World Finals qualifiers, to boys who just started to ride bulls today. 
Not only bullriders, but also I've met so many great cowboys, great cowgirls, and great people through rodeo. Some of them became my friends, my buddies, even my family. I've supported, helped and kicked my ass sometimes, by these great people. That's why I could keep riding until this age.

I thank all of YOU. I know I can't thank enough, but I thank YOU from the bottom of my heart. 
I had great time with you guys in Australia, Canada, Japan and the United States in all these years. Thank you... 

Now the question is, someone told me that I should write the book. 
So, I better keep writing?

Jinichiro Shibahara





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芝原仁一郎 2014 試合結果

第21戦 10/25 ユタ州スパニッシュ・フォーク (ブロウィーン)
第20戦 10/18 カリフォルニア州 サン・フランシスコ(PRCA)<動画UP>
第19戦 10/12 カリフォルニア州 インダストリィ (PRCA)
     *前週サン・ディマスでの負傷(左胸部挫傷)で棄権
第18戦 10/5 カリフォルニア州 サン・ディマス (PRCA)<動画UP>
第17戦 9/28 カリフォルニア州 サン・ベルナルディーノ(PRCA)
第16戦 9/20 ユタ州 イーグル・マウンテン(PRCA)
第15戦 9/13 ユタ州 セント・ジョージ(PRCA)
第14戦 9/7 ユタ州 ソルトレイク・シティ (PRCA)<動画UP>
第13戦 9/1 アイダホ州 ブラックフット (PRCA)
第12戦 8/31 ワイオミング州 エヴァンストン (PRCA)
第11戦 8/28 アイダホ州 ファイラー (PRCA)<動画UP>
第10戦 8/23 ユタ州 トリィモントン (PRCA)<動画UP>
第9戦 8/16 ユタ州 ファーミントン (PRCA)
第8戦 8/14 アイダホ州 バーリー (PRCA)
第7戦 8/9 ユタ州 ローガン (PRCA)
第6戦 8/8 ユタ州 コールヴィル (PRCA)
第5戦 8/7 アイダホ州 ジェローム (PRCA)
第4戦 8/6 アイダホ州 グレイス (PRCA)
第3戦 8/2 アイダホ州 プレストン (PRCA)<動画UP>
第2戦 8/1 ユタ州 ヒーバー・シティ (PRCA)
第1戦 5/29 ユタ州モアブ(記事UP)





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芝原仁一郎 2013 IN オーストラリア

練習会 12月 クイーンズランド州 ロックハンプトン(記事UP)
第2戦 11/23 クイーンズランド州 ロックハンプトン(記事UP)
第1戦 11/19 クイーンズランド州 ロックハンプトン 


『jin基金2013』スタート!
ガッチャバック!にて
一口1,000円からネット上で支援可能です。
ご支援をよろしくお願いいたします。
<終了いたしました。ありがとうございました>


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芝原仁一郎 2012 試合結果

第20戦 9/8 ユタ州 ソルト・レイク(記事UP)
第19戦 9/2 ワイオミング州 エヴァンストン(記事UP)
第18戦 8/17 ユタ州 ファーミントン
第17戦 8/16 アイダホ州 バーレイ
第16戦 8/11 ユタ州コールヴィル(記事UP)
第15戦 8/10 ユタ州ローガン(記事UP)
第14戦 8/4 ユタ州ヒーバー・シティ
第13戦 8/3 ユタ州トゥイラ
第12戦 7/28 ユタ州キャッスル・デイル
第11戦 7/27 アイダホ州プレストン(記事UP)
第10戦 7/20 ユタ州ソルト・レイク(記事UP)
第9戦 7/13 ネヴァダ州エルコ
第8戦 7/12 ユタ州ニーファイ
第7戦 7/6 ユタ州ウェスト・ジョーダン(記事UP)
第6戦 7/4 アリゾナ州ウィンドウ・ロック(記事UP)
第5戦 7/3 アリゾナ州プレスコット
第4戦 6/30 ユタ州リーハイ
第3戦 6/23 ユタ州プリーザント・グローブ(記事UP)
第2戦 6/16 ユタ州シーダー・シティ(記事UP)
    <ケガのため休戦>
第1戦 3/17 ユタ州サライナ(記事UP)

ラジオ出演
JFNラジオ4月2日放送「flowers」
「ワールドフラワーズネットワーク」のコーナーに
16時から約6,7分間(電話;生放送)登場
こちらで聞けます(4月2日放送アメリカ・ユタ)→


ラジオ出演
NHKラジオ3月31日放送「地球ラジオ」
「にっぽんチャチャチャ」のコーナ ーに
18時15分ごろ登場
こちらで聞けます(3月31日6時台)→


2012.1月13日 渡米


 

アイダホ・フォールズでの大会の模様を
地元のTV局の人が撮影した動画
2分50秒辺りに仁が写っている


wowowの番組で仁を密着した取材が放映決定!
放送日:9月12日〈月〉夜10時
「ノンフィクションW」詳しくはこちら→


7月15日発行の「WESTERN STYLE BOOK」
今年初めに受けた取材記事が掲載されました。
全国の書店で発売中



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芝原仁一郎 2011 試合結果

     8/26 ユタ州トリィモントン(ケガの為棄権)
第19戦 8/20 イリノイ州ベルヴィディア(記事UP)
     8/19 ユタ州ファーミントン(ケガの為棄権)
     8/18 アイダホ州バーレイ(ケガの為棄権)
第18戦 8/13 ユタ州ローガン(記事UP)
第17戦 8/6 アイダホ州アイダホ・フォールズ(記事UP)
第16戦 8/5 ユタ州ヒーバー・シティ(記事UP)
第15戦 7/28 アイダホ州プレストン(記事UP)
第14戦 7/24 カリフォルニア州トラッキー(記事UP)
第13戦 7/22 アイダホ州ナンパ(記事UP)
第12戦 7/21 ユタ州ソルト・レイク(記事UP)
第11戦 7/14 ユタ州ニーファイ(記事UP)
第10戦 7/9 ネヴァダ州エルコ(記事UP)
第9戦 7/4 ユタ州ウェスト・ジョーダン(記事UP)
第8戦 7/2 ユタ州オークリー(記事UP)
第7戦 6/23 ユタ州リーハイ(記事UP)
第6戦 6/17 コロラド州スティームボート・スプリングス(記事UP)
第5戦 6/16 ユタ州プリーザント・グローブ(記事UP)
第4戦 6/9 ユタ州デルタ(記事UP)
第3戦 6/3 ユタ州トゥーイル(記事UP)
第2戦 4/21 カリフォルニア州クロヴィス(記事UP)

第1戦 4/8 アリゾナ州ケイブ・クリーク(記事UP)

2011.2月 渡米

ラジオ生出演
JFN(ジャパンFMネットワーク)の番組「flowers」
2011年6月22日水曜日、16時から、生インタビュー形式
FM青森・秋田・福島・福井・岐阜・三重・山陰・岡山・広島・熊本の各局にて放送されました。
こちらで聞けます→


 

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芝原仁一郎 2010 全試合結果

第4戦 7/3 ユタ州ウェスト・ジョーダン(ケガにより中止)
第3戦 6/26 ユタ州リーハイ(記事UP)
第2戦 6/25 アイダホ州マウンテン・ホーム(記事UP)
第1戦 6/13 カリフォルニア州グレンヴィル(記事UP)


2010年のシーズンスタート!
5月21日渡米決定

世界で最も危険なスポーツのブルライディング!
このスポーツに命をかける日本人初のプロのブルライダー
芝原仁一郎に 応援をお願いします!
応援メッセージをお寄せ下さい。


 

1月25日の朝日新聞の朝刊に
昨年8月に受けた取材記事が
「GLOBE」という季刊紙の「突破する力」へ掲載されました。
WEBサイト上でもご覧になれます。
朝日新聞GLOBE 突破する力NO.25芝原仁一郎

 


 

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芝原仁一郎 2009 全試合結果

第11戦 11/14 カリフォルニア州 ブラゥリー(記事UP)
第10戦 10/30 ユタ州スパニッシュフォーク(記事UP)

第9戦 10/4 カリフォルニア州 サン・ディマス(記事UP)

第8戦 10/2 カリフォルニア州 ベイカーズフィールド(記事UP)
第7戦 9/27 カリフォルニア州 バーストウ(記事UP)
第6戦 9/26 アリゾナ州 キングマン(記事UP)
第5戦 9/25 ネヴァダ州 パァランプ(記事UP)
第4戦 9/18 ユタ州 セント・ジョージ(記事UP)
第3戦 9/13 ユタ州 ソルトレイク(記事UP)
第2戦 9/6  ワイオミング州 エヴァンストン(記事UP)
第1戦 9/5  アイダホ州 ファイラー (記事UP)

 


 

芝原仁一郎、8月24日渡米しました。

例年にない期間の日本滞在でしたが、やっと拠点であるアメリカのソルトレイクシティに無事到着しました。
2009初戦は9月5日、アイダホ州 ファイラーという町のロデオです。 頑張れ 日本人初のプロ・ロデオカウボーイ「ブルライダー 仁」!

今週のおまけ
日本で乗っていた時の写真

船清01

おまけ2

おまけ3

PHOTO ランディ

TOPICS

2009.8.27
8月24日に渡米し、拠点であるアメリカのソルトレイクシティに無事到着。

2009初戦は、9月5日に アイダホ州 ファイラーという町のロデオに出場することが決定しました。

第一次仁基金終了のお知らせを基金のページへ掲載しました。

2009.8.23
「wrangler」のサイトに芝原仁一郎が毎月連載中の[Rodeo Diary]8月号が掲載されました。

日本経済新聞の文化面に「暴れ牛乗り オレはプロ」と題した記事をメディアのページにアップしました。

2009.8.2
8月3日の日本経済新聞の朝刊、文化面(最終面)に先月受けさせていただいた取材が掲載されます。

2009.7.27
「北海道新聞に掲載された記事をUPしました。

2009.7.21
「wrangler」のサイトに芝原仁一郎が毎月連載中の[Rodeo Diary]7月号が掲載されました。

2009.7.20
なんと日本経済新聞様から取材の申込みがありました。

2009.7.19
ブログ「ブルにぶるった」更新。
今回のお題は「ジャパンのキャプテン」です。

8月24日、渡米することがほぼ確定になりました。

近日中に北海道新聞に芝原仁一郎が掲載されます。

「wrangler」の「ENTERTAINMENT」のページの中に仁一郎が書いた[Rodeo Diary]が毎月掲載されています。

ウエスタン情報共有サイト「Real Western」に[Chasing The Dream]と題したページがあり、2008以前の試合の記事や動画が掲載されています。

2009.7
現在、【芝原仁一郎 ロングインタビュー(仮称)】のDVDを作成中です。

2009.6
ホームページに先駆けて、日本人初のブルライダー芝原仁一郎公式ブログ「ブルにぶるった!」を立ち上げました。